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2006年9月14日 (木)

テレビ放映

下記のように「名古屋をどり」テレビ放映があります。
ぜひご覧下さいませ!

「オルフェの詩」
・9月17日(日)深夜1:40〜 東海テレビ(愛知 岐阜 三重 静岡)

・10月21日(土) 13:00〜13:44 「芸能花舞台」NHK教育テレビ
・10月22日(日) 18:00〜18:44 「芸能花舞台」NHKデジタルハイビジョン
(全国放送)

「鬼火」
・9月24日(日)深夜2:00〜 CBCテレビ(愛知 岐阜 三重 静岡)

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2006年9月11日 (月)

その伍 踊り余話

Q:舞踊家はものすごく汗をかくということですが、見ている限りは優雅な日本舞踊も、運動として捉えると、かなりヘビーということですか?

「ものすごく汗をかきますけど、踊った後は爽快感でいっぱいです。日本舞踊は心拍数がゆっくりと上がっていくので、ウォーキングやジョギングより脂肪燃焼率が高いんですよ。健康にもいいし、ダイエット効果も高いのではないかと思います。優雅に見えますが、結構、筋肉も使っています。去年、演じた「娘道成寺」の衣装はカツラ3キロに、衣装が12キロ。合計で15キロもありましたからね。でも、これなどはまだ並の上。揚巻の衣装は20キロ近くあるんですよ。小さい時から踊って筋肉を作っていくんです。私は厳しいお稽古ほど、燃えました(笑)。もっと厳しく、もっと…と、舞踊家はMの人が多いんじゃないかな(笑)」

Q:これぞまさに踊り筋!最後に、まさ子さまにとって名古屋をどりはいつも出演する立場ですが、もし観客になったとしたら、昼の部と夜の部、それぞれどんな装いで出かけますか?

「そうですねぇ、昼の部だろうが、夜の部だろうが、目立つ格好で出かけます(笑)。たとえ客席にいても、舞台に立っているような気分で着物選びをするのではないかと思うけど、どうなんでしょう!? う~ん、舞台を仕事場としてきた私としては、やっぱり想像できませんね」

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その四 普段は温度で着る

Q:よそいきの着物についてはアウトラインが掴めました。ありがとうございます。素敵なお着物でショッピングをしているまさ子さまをお見かけしたことがありますが、普段の着物ライフはどんな感じなのでしょう?教えて!まさ子さま!
「正式な場所にはしきたり通りに着て行きますが、そうじゃない場合は暑い時など、5月から単衣を着てしまいます。その時の工夫としては、パッと見た目に単衣とわからないような素材を選ぶこと。色合いも濃いものを着るようにしています。反対に真夏の暑い時期は、涼しげに見える薄い色を着ます。これは見た目のためというもありますが、自分自身のためでもあるんですよ。着物は自分の目にも入りますからね。薄い色合いを着ていると気分的にも涼しくなれます。残暑厳しい9月などは濃い目の透け感の少ない夏物を着る、というように、普段の生活では温度で着ていますね。暑さ対策としては、普段はステテコをはいています。もちろん、ブランドものですけどね(笑)。汗を吸ってくれるし、踊るときにも足さばきがいいんですよ。舞踏家はものすごく汗かきますからね。着付けはね、長時間着ていてもつらくないように、お腹のところに幅広の伊達締めをしています。これは締めるというよりも、あてる感覚ですね。基本的には体に近いものは緩く着る、これがコツです。手が入るぐらいにゆったりと着ますけど、腰ひもだけと帯はキチッと締めます」

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2006年9月10日 (日)

その参 準備は怠りなく!

Q:着物はまず、清潔第一!その他に気をつけることがあれば、教えて!まさ子さま!

「着物の基本中の基本は、シワにならずにたたむことですね。シワの入った着物ほど恥ずかしいものはないと思うんですよ。だから、私は折りジワがつかないように、次に出した時にさっと着られるように、細心の注意を払ってたたんでいます。私の母も丁寧にたたんでしまっていますね。あと、恥ずかしいといえば、長襦袢と着物の袖が合っていないのもダメですね。私の場合、母から譲り受けたものは裄が違うので、必ず直してから着ています。前もって準備をするというのは、着物もそうですけど、何事においても基本だと思いますね。その他、外出する際は替え足袋を持っていきます。伝線しているストッキングをはいているのが恥ずかしいように、汚れた足袋をはいているのも恥ずかしいので、外に出る時は替え足袋を持っていきます。ストッキングのようにコンビニで売っていませんからね、足袋は(笑)。マイ足袋を持っていると、急な雨降りにも対応できていいですよ」
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その弐 着物は清潔感が大事!

Q:名古屋をどりは9月2日からの開催なので、単衣の着物ということになりますね。
「今は9月の中頃までは絽でもいいと思いますよ。単衣もね、6月の単衣と9月の単衣では微妙に違います。6月の単衣は冬から夏に向かっているので、単衣向きの帯もあるけれど、夏帯をしても良いです。逆に9月の単衣は夏から冬に向かっているので、冬向きの帯でもOKです。衿も6月は夏向きに、9月は冬向きにするとオシャレですね。衿は柄ものや刺繍ものなどありますが、観劇など正統な場所には清楚な感じの白衿がいいと思います。刺繍の衿は上等ですけど、よそいきにはならないんですよ」

Q:刺繍が施してある衿はゴージャスな感じがして、観劇にピッタリかと思いましたが、白衿が一番良いんですね。
「そう、真っ白な衿が一番です。単衣を着る頃は中途半端に暑かったりするので、うっかり汗などで衿を汚してしまうことがありますので、気をつけてくださいね。どんなに上等な衿でも汗で黄ばんでいるのはいただけません。うちの祖父と祖母も“衿と袖口、帯上げと帯しめはいつもキレイにしなさい”とよく言っていました。いくら良いものを着ていても、衿や袖口など、各所が汚れていては着物の価値も下がってしまうと思います」

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2006年9月 8日 (金)

西川流ファンの部屋・番外編 教えて!まさ子さま! ~名古屋セレブに教わるきもの道、おんな道~

“観劇はやっぱり、お着物よねぇ”と思いながら、今年の名古屋をどりもまた、洋服で鑑賞してしまった、という人も多いのでは…。
「私を含め、多くの方がお着物には憧れているけど、わからないことがたくさんありすぎて、なかなか着るところまでには至らないんですよねぇ」と、当ブログ担当ライターが嘆いているのを聞いていたまさ子さま、「ワタクシの知っている範囲でよければ、お教えしましょうか」と。
小さい時から日常的にお着物を着てみえる、名古屋セレブのまさ子さまが、直々に着物指南をしてくださるとは!!!
これをコーナーにしないテはない!と、急遽、ブログ番外編として「教えて!まさ子さま!~名古屋セレブに教わるきもの道、おんな道~」を開設することに。
みなさま、メモのご用意を(ふるっ)。

その壱
ルールを守ってこそ、セレブ

Q:まずは基本中の基本。着物の約束事について教えて、まさ子さま!
「日本には四季がありますので、季節によって着物も種類が違ってきます。一般的に、10月から翌年の5月までは袷(あわせ)、6月と9月は単衣(ひとえ)、7月と8月は薄物(うすもの)というように分かれています。袷とは裏地のついている着物のことで、単衣は袷と同じ生地で裏地のないもの、薄物は絽(ろ)とか紗(しゃ)とか羅(ら)と呼ばれる、透けた着物のことを言います」
Q:最近、雑誌の中には浴衣の下に長襦袢を着せて“よそいきの装い”とし、観劇などにも出かけられる、と書いていますが、それはどうですか?浴衣がよそいきになれば、手軽かなとも思いますが。
「浴衣の下に長襦袢を着るのは着ている本人も暑いだろうし、また見た目も暑苦しいんじゃないかと思いますね。衿をつけて正統っぽい感じがするけど、浴衣はそもそもが湯上りに着る、パジャマみたいなものだから、観劇などは避けた方がいいと思いますね。いくらファッショナブルな柄であっても浴衣は浴衣ですから。やっぱり、なんでもそうですけど、崩していい部分と崩したらつまらなくなってしまう部分とがあると思うんですよ。ルールを守ってこそセレブじゃないかと思いますね。ルールを知らないのは、にわかセレブですよ。私の知り合いの方々もみな、小さい頃からルールをキチンと守っています。昔、日本を代表するようなお嬢様のお宅に踊りを教えに行っていたことがあったんですが、そのお嬢様は普段はとってもカジュアルな装いをしてみえるんですよ。本当、驚くほどカジュアルなの。だけど、お子様のことで外出なさるとなると一変。バリッとスーツを着て、スカーフの使い方もオシャレで、それはそれは素敵なんです。海外での暮らしも長い方だったから、自然とTPOが身についていたんでしょうね」
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名古屋をどりで見かけた、素敵な着物美人


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2006年9月 5日 (火)

オルフェの詩 第5回 長唄担当・杵屋六春さん

Rokuharu
生音以外で唄うのは初めて!

 第2回で紹介した杵屋崇光さんの初の試み、同期バンド邦楽バージョンで唄を担当するのが杵屋六春さん。3歳で初舞台、その後、長唄を本格的に勉強するため東京芸術大学音楽部邦楽科に進学。卒業後も研鑽を積み、現在名古屋音楽大学邦楽科で講師を務める六春さんをもってしても、コンピューターとの共演は初めてのこと。手探り状態でのスタートは不安も多かったのでは。
「生音以外で唄うのは初の試みでしたが、最初からすごく楽しみでしたね。耳慣れないというか、長唄ではない曲の部分もたくさんありましたので、長唄の楽譜じゃない楽譜も読めるように勉強したり、あと声楽の先生のところにもお稽古に通いました。前回、「泉の姫」(2000年)に出させていただいた時は清元と長唄のジョイントで女性は3人おりましたが、今回、唄を担当する女性は私1人なので、高い声を出さなくてはいけないと思いまして、発声の仕方などもちょっと変えてみようかと、声楽の先生のところにもお稽古に伺いました。楽譜の勉強は名古屋音楽大学の教え子が幸いにもコーラスの中にいたので、彼女に譜面を取ってもらって、随分と助かりました」


唄にも耳を傾けてくださいね

 なんと勉強熱心な六春さん。しかし、彼女には楽しい時間だったようだ。
「楽しく、というとなんかヘンな感じですけど(笑)、準備させていただきました。こんな機会、なかなかないですからねぇ。伝統ある名古屋をどりの舞台に出させていただくだけでも光栄なことだし、勉強にもなるので“是非に!”とやらせていただきました。次も是非、声をかけていただけるよう、頑張ります!唄にもちょっと耳を傾けていただけたら、うれしいですね」

プロフィール
杵屋六春/長唄
杵屋六秋の娘として生まれ育ち、3歳で初舞台。東京芸術大学音楽部邦楽科に進学。浅見文子師、稀音家六治師に師事。同大学卒業後は一般企業に就職。しばらく長唄と二足のわらじを履くも、名古屋音楽大学に邦楽科が設立されたのを機に講師に就任。長唄と三味線を教える傍ら、母・杵屋六秋と親子競演の演奏会を開催。その他にも長唄や三味線の素晴らしさを広く知ってもらおうと、幼稚園から老人ホームまで精力的に演奏活動を行っている。

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オルフェの詩 第4回 オルフェ役・瀬戸内美八さん

再び男役ができて、うれしいです
Orpheous


 とにかくカッコイイのだ、瀬戸内オルフェは。歌を歌っても、踊りを踊っても、ピッタリとオルフェにハマる瀬戸内美八さん。さすがは元宝塚のトップスター。家元が考える“西川歌劇”をしっかりと体現化している。
「宝塚を退団してからも男役ができるのは、うれしいですねぇ。宝塚を辞めたらやっぱり、普通の女の人を演じることの方が多いですから。お話をいただいた時はうれしくって、“はい、やらせてください!!!ただし、日舞は自信ありません”と申し上げましたが(笑)、ありがたいことに右近先生の演出はものすごく丁寧なんですよ。私は先生のおっしゃることに近づけるよう努力するだけ。名古屋をどりは芸達者な方たちがたくさんいらっしゃるので、日本ものの下地があまりない私にはとても勉強になりますね。それと長く続いている公演だけあって、みなさんのチームワークがものすごくいいんですよ。私のような異色のものがポコッと入っても、ちゃんと受け入れてくださって、本当にありがたいことです」


自分が楽しまないといい舞台はできない

 毎日が楽しくて仕方がないといった様子の瀬戸内さん。
「歌ひとつにしても普通の音楽と違うので、それが難しいんだけど面白い。三味線の間って、洋楽とちょっと違うんですよね。それと、目上の方への礼儀とか日々の挨拶とか、久しぶりにお行儀のいい世界に身を置いているというのも心地いいですね。こんなに楽しくやらせていただいていいのかな、と思うほどです。でも、やっぱり自分が楽しまなきゃ、いい舞台はできないと思うんですよ。あと、家元のパワーには驚きましたね。踊りのフリをたったの2日でつけてしまったんですから。あのパワーにはビックリしました。私の頭は全部覚えられずに混乱してましたが(笑)、フリがついた後は逆にゆっくりと、みんなで和気あいあいと心安らかにお稽古ができて、よかったです」

プロフィール
瀬戸内美八/女優
宝塚歌劇団月組公演「日本の四季」「ファンタジア」で初舞台。「人魚姫」で初主演。「風と共に去りぬ」で星組トップスターに。その後、「小さな花がひらいた」「心中・恋の大和路」などに出演。1983年「オルフェウスの窓」を最後に退団。以後は徳島で「ダンススタジオひまわり」を主宰する一方、芸能活動にも積極的に取り組んでいる。「おさん茂兵衛」「阿修羅のごとく」など、宝塚OG公演、現役・OG合同公演などにも出演。

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2006年9月 4日 (月)

昭和の舞踊劇「鬼火」

名古屋をどり昼の部の最後「鬼火」で主演させていただく西川千雅です。

この作品は36年前、父が31歳の時に書き下ろし、主演した、伊賀上野の忍者を題材にした作品です。
伊賀忍者は火遁の術で知られる“しのびのもの”。火遁(かとん)、つまり爆薬をつかう忍者のその最後は、自爆。そしてその最後の炎は「鬼火」と呼ばれていた・・・。

信長の「忍狩り」が迫り来る伊賀忍者の里、柏の谷。
そこの首領・大猿は亡き妻の置き土産、息子の小猿を厳しく育てている。明日知れぬ「しのび」には、親子の情は無用。
「父を憎め、やがておぬしはひとりになる」
そして、しのび狩りの大群が、里に近づいてくる・・・。

じゃじゃ〜ん、というような超アナクロな世界。
ほとんど「サスケ」(by白土三平)。
音楽は薩摩琵琶の名手・故・鶴田錦史。武満徹の「ノヴェンバーステップス」で世界に知られる彼女の琵琶は、へヴイメタルのギターも逃げるほどのハードなサウンド。
それにからむ洋楽は、ブラス・ロックの王者・渡辺宙明!
「マジンガーZ」「キカイダー」「ゴレンジャー」など、昭和のこども番組のBGMを手掛けた大御所。

今回の再演は当時の音源を使用。だから3,40代の人にはタマラナイサウンドなのです・・・。

芝居も・・・はっきりいってアナクロい!親子鷹!まさに梶原一騎の世界!

無論最後には・・・無情なラストが待っている。

昔に父が、当時10歳だった娘の為に書いた作品。だから稽古が・・・熱かった。
無論、キャストはかわり、父が演じた忍者の首領がワタシ。息子役は姉から、子役の子にかわっている。今までにない「父親役」。子どものいない私ですが、ちょっと“父性”に目覚めそう・・・。

音源は、初演時昭和45年のものを使用・・・・大阪万博の年ですから、そんな音がします、正直。でも、一度入り込めたらイイみたいです。けっこう、ワタシも気に入ってます。ガンバッて、「昭和の男」になろうとしてます。

古典の方が、初演キャストがいるわけでないので、気楽な部分もあります。
初演のキャストがいまだ存在する今回は非常に非常にプレッシャーが思い。

昭和の西川流は、まさに「熱血集団」。朝な夕なの稽古三昧。汗だくになりながら舞台をつくりあげてました。ほんの45分ほどの舞踊劇ですが、「オヤジの青春時代の金字塔」熱く熱く演じたいと思います。

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2006年9月 3日 (日)

オルフェの詩  第3回 舞台美術担当・朝倉摂氏

人間、頭が柔らかくないとダメ

「名古屋をどりは鯉三郎先生の時からやらせていただいていて、毎年、楽しみにしているの」と語るのは、名古屋をどりで舞台美術を担当している朝倉摂氏。日本の舞台美術の第一人者である氏が名古屋をどりに初めて参加したのは、1965年の「雷」から。
Asakura
今回、昼の部で再演されている舞踊劇「鬼火」(1970年)は、布を使った斬新な舞台装置で、当時も大変な話題を呼んだが、この進取の精神は35年経った今も衰えることなく。「オルフェの詩」では物語の要となる、黄泉の国と現世の境を鏡で表現している。

「オルフェは黄泉の国と現実を行きつ戻りつするんですけど、この境をわかりやすく表現するにはどうしたらいいか考えた結果、鏡にしました。普通にはやりたくなかったし、見ていただく方々に“あっ!”と驚いてもらうと同時に“なるほど!”と納得してもらえたらなぁと思いまして。アイデアはすぐ浮かぶ時と、そうでない時がありますが、だいたい台本を読んでいるうちに浮かんできますね。でもね、一回浮かんでもやっていくうちに他にいいアイデアが出てきたら、先のはバァ~ッと捨てちゃいます(笑)。思いっきりがいいんです。ダメだと思ったらすぐにハサミを入れる。人間というのは、頭が柔らかくないとダメですよ」

Keikowithcostume

家元も私もなんでもやりたがるの(笑)

 柔軟な発想で名古屋をどりを支えてきた朝倉氏。「オルフェの詩」では、なんと愛・地球博で大活躍した1人乗り未来コンセプトビークル「ⅰ‐unit」も登場する。
Iunit

「これは家元のアイデア。家元も私も、なんでもやりたがる方なの。子どもと一緒(笑)。家元の新しいものをやろうという感覚は、日本舞踊をおやりになる人たちの中では非常に珍しいと思いますね。実験的なものも数多くやらせていただいて、名古屋をどりは楽しみな仕事のひとつです」


プロフィール
朝倉摂/舞台美術家・画家
舞台美術家
彫刻家朝倉文夫の長女として生まれ、1941年第4回新文展に初入選以後、‘53年に第3回上村松園賞受賞するなど画家として活躍。1960年代より舞台美術の仕事を始め、前衛劇からオペラまで幅広く活躍。55年「近松心中物語」「盟三五大切」などでテアトロ演劇賞、61年「にごり江」で芸術祭賞受賞。2003年には「シアター1010」の芸術監督就任。名古屋をどりの他に、「明治の柩」「リア王」「越前竹人形」「ヤマトタケル」なども。イラストレーター、装丁家としても活躍。

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