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2006年9月 3日 (日)

オルフェの詩  第3回 舞台美術担当・朝倉摂氏

人間、頭が柔らかくないとダメ

「名古屋をどりは鯉三郎先生の時からやらせていただいていて、毎年、楽しみにしているの」と語るのは、名古屋をどりで舞台美術を担当している朝倉摂氏。日本の舞台美術の第一人者である氏が名古屋をどりに初めて参加したのは、1965年の「雷」から。
Asakura
今回、昼の部で再演されている舞踊劇「鬼火」(1970年)は、布を使った斬新な舞台装置で、当時も大変な話題を呼んだが、この進取の精神は35年経った今も衰えることなく。「オルフェの詩」では物語の要となる、黄泉の国と現世の境を鏡で表現している。

「オルフェは黄泉の国と現実を行きつ戻りつするんですけど、この境をわかりやすく表現するにはどうしたらいいか考えた結果、鏡にしました。普通にはやりたくなかったし、見ていただく方々に“あっ!”と驚いてもらうと同時に“なるほど!”と納得してもらえたらなぁと思いまして。アイデアはすぐ浮かぶ時と、そうでない時がありますが、だいたい台本を読んでいるうちに浮かんできますね。でもね、一回浮かんでもやっていくうちに他にいいアイデアが出てきたら、先のはバァ~ッと捨てちゃいます(笑)。思いっきりがいいんです。ダメだと思ったらすぐにハサミを入れる。人間というのは、頭が柔らかくないとダメですよ」

Keikowithcostume

家元も私もなんでもやりたがるの(笑)

 柔軟な発想で名古屋をどりを支えてきた朝倉氏。「オルフェの詩」では、なんと愛・地球博で大活躍した1人乗り未来コンセプトビークル「ⅰ‐unit」も登場する。
Iunit

「これは家元のアイデア。家元も私も、なんでもやりたがる方なの。子どもと一緒(笑)。家元の新しいものをやろうという感覚は、日本舞踊をおやりになる人たちの中では非常に珍しいと思いますね。実験的なものも数多くやらせていただいて、名古屋をどりは楽しみな仕事のひとつです」


プロフィール
朝倉摂/舞台美術家・画家
舞台美術家
彫刻家朝倉文夫の長女として生まれ、1941年第4回新文展に初入選以後、‘53年に第3回上村松園賞受賞するなど画家として活躍。1960年代より舞台美術の仕事を始め、前衛劇からオペラまで幅広く活躍。55年「近松心中物語」「盟三五大切」などでテアトロ演劇賞、61年「にごり江」で芸術祭賞受賞。2003年には「シアター1010」の芸術監督就任。名古屋をどりの他に、「明治の柩」「リア王」「越前竹人形」「ヤマトタケル」なども。イラストレーター、装丁家としても活躍。

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